2015年09月23日

研究費問題(4);日本の研究パワーと研究費

 今年のサイエンスアゴラ・研究問題ワークショップ「本音で語る」では、研究費の問題を取り上げます。
 例年同様、問題群の背景や構造を、私見と腕力の許す範囲で、大雑把に整理してみたいと思います。
 今回はその6回シリーズの4回目です。

 第4回の今回は、昨今ネット上で話題のあるブログの内容をふまえて、日本の研究パワーが低下傾向にある問題と、その背景について考えます。

 研究パワーが低下傾向? この 10 年間は日本から自然科学3分野のノーベル賞受賞者が続々と輩出されているではないか! 日本の科学研究の水準は高く、多くの優れた若手も活躍して、優れた成果を多く出し続けている。どこが研究パワー低下なのか? そうお考えの方は、きっと多いと思います。

 しかし、実は現在の日本のおかれた危機的状況を訴える声はあり、その実態を鋭くあぶり出しています。
 その一部を挙げておきます。

・インターネットで読み解く
 第435回「2016年に国立大の研究崩壊へ引き金が引かれる
 第479回「無残な科学技術立国、人口当たり論文数37位転落
 第480回「瓦解していく科学技術立国、博士進学者は激減
 第488回「国立大の2016年研究崩壊に在京メディア無理解

・サイエンスポータル
 論文数減少と国立大学法人化の関係

 上記の記事で紹介されている豊田長康さんは、鈴鹿医療科学大学の学長です。国立大学財務・経営センターの理事長時代になさった独自研究が、波紋を呼んでいます。

運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究
LINK to the page
(豊田さんのブログ記事における言及はこちらに)

ある医療系大学長のつぼやき
民間企業人は科学技術政策の「選択と集中」をどう考えているのか
(追記 at 11/5, 23:45; こんな記事もあります。
はたして日本は今後もノーベル賞をとれるのか?

 豊田さんのデータによる、世界各国の論文数が日本だけ減少していることを示すグラフや、論文数シェア(=占有率)の異常な低下を示すグラフは、日本の研究パワーの低下をハッキリ示しています。危機感を感じない方がおかしいと云うべきでしょう。
 主要な論点を抽出すると、概略以下の通りです。

・国公立大学では、大学1つあたり、研究者1人あたり、科研費採択1件あたりの論文数が減少傾向。
・国公立大学間の格差もあり、医学部付属病院を抱えているところは財政面で比較的マシ。
・しかし、総じて経営に苦しんでいる大学が多く、旧帝大クラスでも運営交付金削減を付属病院収入や各種競争的資金で穴埋めして、どうにか経営維持している状況。
・国民1万人あたり、GDP あたりの研究者数、研究予算、論文数は世界各国でも下位に属し、しかも近年は論文数が低落傾向。
・論文数の減少傾向は顕著で、先進国のうち論文数が減っているのは日本だけ。
・日本の研究者が研究に従事できる時間は減少傾向。

 重要な論点は豊田さんの独自研究に多く含まれているので、是非ご覧頂ければと思います。

 他にも、日本の科学技術政策に関する主要な論客は何人かおられますが、もうお1人、立命館大学の兵藤友博さんを挙げておきます。

立命館大学 日本の科学・技術政策
科学・技術政策は日本の科学・技術を押し上げるものになっているのか

 この上記の論説によれば、科学技術政策の策定に当たり、政財界(特に経団連など)の意向が大きく反映され、“科学技術イノベーションの推進”の御旗のもとに、産業政策の振興と同一視せんばかりの状況があるようです。
 有り体に言えば、「研究資金の選択と集中により、産業経済に於ける日本の国際競争力を高める。そのために、重点的に取り組む領域を定め、産学官連携により効率的なイノベーションを推進する。また、人間力と高度職業能力のある人材を生み出せる大学にするために、海外からの人材招聘や教育内容の改革を行う」という感じで、ビジネスの論理により教育と研究の“効率化”と“高出力化”が目指されている印象です。

 その結果が、実際には研究現場における金回りの悪さや、(それを論文数だけで評価することの原理的な限界は認めつつも)日本全体及び各大学の研究パワーの低下、研究現場の運営困難や過度の多忙に結びついている大きな構造がある...と、どうやら言えそうです。

 ただ、救いがあるとすれば、上記の豊田さんのブログ記事「民間企業人は科学技術政策の『選択と集中』をどう考えているのか」にも記載があるとおり、民間企業や財界関係者の中にも危機意識が芽生えていることです。中には選択と集中による効率化という考え方そのものに対する批判(ないし自己批判)とも取れる民間企業関係者のご意見もあるようで、研究者コミュニティの意識がそうであるように、政財界の認識もある程度の多様性はあるようです。

 文部科学省もさすがに危機感を抱いてはいるようで、国立大学経営力戦略という文書の中で提言を出しています。財務基盤の強化や教員の活躍などを文言として含め、前者の財政云々に関しては収益事業の明確化、寄付金収入拡大、民間との連携拡大に関して、後者の教員の活躍に関してはテニュアトラック制の拡大や年俸制などに関して、それぞれ言及があります。しかし、財界や産業界の意向を大きくふまえた旧態依然?のイノベーション推進戦略に乗っかるような内容も相変わらず目立ち、ポスドク問題の政策的失敗があるにも関わらず新たな大学院の創設を見込むなど、危機感による焦りが明後日の方向を向いている印象は拭えません。

 シリーズ第2回で、こんなことを書きました。

科研費応募の手間が増えることは、研究者にとって研究や教育にかける手間と時間が減ることを意味します。
JST や AMED 等の大型予算ともなれば、申請や報告などの書類仕事の負担は否が応にも増すことになります。(中略)個人が研究の片手間で行うのは、現実的にはほぼ無理です。

 上記で述べた研究パワーの低下に、研究者の研究に従事する時間が減っている現状が影響しているのはほぼ間違いなく、その構造的要因の一つとして、競争的研究資金の国策的推進による研究現場の事務的負担増大が影響している可能性は大いにあると云って良いでしょう。実際、JST 研究開発戦略センターの調査結果「我が国における研究費制度のあり方に関するアンケート調査」によると、競争的資金を獲得した研究者たちの悲痛な声が聞こえてくるようです。

 今まさに多忙で本業に支障が発生し、困っている研究者をどうするか? ここまで国際競争力を失いつつある現状を招いた事態をどうやって立て直していくのか? 元々、効率性で把握することのなじまない教育や研究なる営みを担う大学や研究機関を、ビジネスの視点で制御しようとする発想それ自体に対する批判的検討や反省はあるのか? 大学や研究機関の運営も経済現象の一部であるとは言え、費用対効果の観点からその運営を考えてみると、短期的なものから中長期的なものまで、経済的な、或いは政策論的な、様々な問題が持ち上がっているように見えます。

 では、そうした問題群はどのようにして生じてきたのでしょうか?
 シリーズ第5回に続きます。
posted by stsfwgjp at 23:00| Comment(0) | 科学・技術・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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