2013年11月20日

開催報告!研究問題ワークショップ「本音で語る生命倫理〜動物実験なぜ必要?なぜ反対?〜」

 今年で8年目を迎えた研究問題ワークショップ「本音で語る」。その8年目にして今回は史上初めて、研究題材そのものがはらむ問題を取り上げました。それは、実験動物に関する生命倫理の問題です。
 科学コミュニティの関係者の多くが、それと向き合うことを躊躇いがちな、この厄介な問題。科学コミュニケーションの題材として、殆ど史上初めても同然に、この問題を取り上げました。

サイエンスアゴラ 2013
研究問題ワークショップ「本音で語る生命倫理 -動物実験なぜ必要?なぜ反対?-」
LINK to the page(アゴラ公式)

 開催要項は上記のアゴラ公式サイト、又は主催者特設のこちらのページ市民研活動案内をご覧下さい。
 なお、「本音で語る」の来歴に関しては、第1回〜第3回第4回〜第6回第7回(開催報告)のそれぞれのリンクを、研究問題の何たるかに関してはこちらのページを、それぞれご参照下さい。

 当日の模様は、ネットワーキングチャット Twitter と動画中継サイト Ustream を用いて実況生中継しました。
 Twitter による生中継は、まとめサイト Togetter にまとめてあります。こちらのページをご参照下さい。いつもの通り、生中継では三輪さんのご協力を頂きました。記して感謝します。

 では、当日の模様を簡単にまとめます。

 例年同様に、前半はゲストの話題提供者によるお話からサイエンスカフェ形式で展開するトークセッション、後半はそこで醸成された問題意識に添って全員参加で問題と向き合うワークセッションという2部構成にしました。

 前半のトークセッションでは、延べ3人の方に話題提供をしていただきました。
 事前に公表していたメインのゲストは、ヘルスケア会社の研究員、大上泰弘さん(どんな方であるかは、ご興味が有れば調べてみて下さい。因みにこの本を書いた人です)。その大上さんの話題提供から、いよいよ開始。

[大上さんの話題提供の概要]
 これまで 10 年以上にわたり、生命倫理の取り組みを進めてきた。動物実験も、問題意識を感じながらやって来た。今回、動物実験の科学的、倫理的、社会的な側面についてそれぞれ述べたい。
 科学的な面について。ヒトとマウスの火傷や怪我、炎症に関する遺伝子変動の相関係数を調べた。ヒトの怪我とヒトの炎症とでは 0.9 以上という例もあるが、ヒトの怪我とマウスの火傷とでは 0.13 程度とまちまち。この件に関して、動物実験反対派は「こんな動物実験は無意味だから止めろ」といい、研究者は「古典的な動物実験は無意味だから、器官培養系や人の遺伝子を入れた遺伝子改変マウスを使うべき」という。ただ、「ヒトの病気はヒトで研究すべき」という考えは共通している。
 社会的な面について。米国で「動物の権利」運動野本で起きた犯罪事件の件数の推移を見る。'92 年に動物関連企業保護法(AEPA)が成立し、'96 年、'02 にはその刑罰が強化された。'06 年には動物関連企業テロリズム法(AETA)が成立した。しかし、犯罪件数そのものは増減を繰り返し、その制定や制度改定の後に却って増えているように見える。米国では、動物実験関連企業はいわゆる3R(後述)を遵守し、法規制によって保護されているはずだが、こうした法規制(特に刑罰の強化)はあまり効果的でないようにも見える。
 倫理的な面について。野生の動物は自然の中で誕生し、成長し、やがて死を迎える。その生を人間社会の規則に当てはめると、実験動物の生産・飼育、使用及び処分となる。ただ、人間はそこから知識を得て、人類の成長へと結びつける。現代社会では、人間は自然法則を知るために、自然物としての野生動物を、人間社会の規則の中で実験動物として使用している。実験に従事する者は、知的誠実さに基づいて行った実験により生み出された知識の中に、自然法則の把握に迫るものがあると信じている。実験従事者は、その知識の積み重ねによって、実験動物が不要になるまで、命を屠るものとして自己を律し精進すべきである。
 動物実験の方向と人類の進むべき方向を見てみると、実は実験従事者と反対者との間では、同じ問題を違う方向から見ているだけで、目指す目的地は一緒なのではないかと思う。この問題を緩和するためのアプローチとして、人間が生きていく上で、他の命を奪うことが不可避であるという前提の下に、まずその命を頂戴していることに対して感謝の姿勢を持ち、儀礼としてその姿勢を確認することも必要である。また、知的好奇心が暴走しないように、代替実験法の推進や動物実験の意義に関する徹底した考察、生命を頂戴する者としての知的誠実さを実践し、生命尊重の念の醸成や動物実験機生の強化などを進めて行くべきではないか。その全てが必要だと思う。


 さて、3Rについて少し補足。Replacement(代替法)、Reduce(動物使用数の削減)、Refinement(手法の洗練による動物の負担軽減)の3つを総称して3Rといいます。左記のリンクは動物実験代替法学会のページにしてあります。
 そこで質疑が数件。大上さんの話とその質疑だけでも、イベントとして充分成り立つほどでした。

 さらに、秘密のゲストがお2人。事前に話題提供のお願いをしておりました、。
 そのうちお1人目は、PEACE という動物実験愛護団体の代表者東さちこさん。「さよならじっけんしつ」というサイトの運営者でもあり、動物実験反対運動にも長年にわたり携わっている方です。日本で動物実験反対運動と言えば、野上ふさ子さんが著名ですが、その方の設立した団体の会員だった時期もあるそうです。

[東さんの話題提供の概要]
 長らく動物実験反対運動に従事してきた。今回、5分程度で倫理的な話を概説する。
 本格的な動物実験反対運動は、19 世紀に始まった。フランスでは、実験医学の父クロード・ベルナールの実際の実験の残酷さを目の当たりにして、その妻と娘が反対運動に身を投じるようになった。また、同国の動物実験反対連盟の初代会長は、かのヴィクトル・ユーゴーである。英国では、当時しばしば行われていた残酷な公開実験への批判が高まり、ルイス・キャロルが自身の勤める大学でそれを止めさせることが出来ずに法制定に働きかける試みをした。他方、ダーウィンなどは動物実験の必要性を訴え、その存置の働きかけをした。それらの議論を通じて、英国では世界初の動物実験に関する法規制がなされた。その論争は、科学的なものというよりは、実験禁止派が科学界で敗北したという感じに近い。
 しばしの時を経て、20 世紀後半。動物権の運動が盛んになってきた。主に哲学の方面から、トム・リーガンの権利論、ピーター・シンガーの功利主義、リチャード・ライダーの腫差別、苦痛主義などの議論が出てきた。思想的には人間の解放運動の流れを汲むが、功利主義は弱者切り捨てに繋がるなど問題点も挙げられている。動物の苦痛に最初に言及したのはリチャード・ライダーで、その影響を受けてシンガーらが動物実験について語り始めた。科学の進歩により動物の苦痛や能力に関する知見も拡大され、また“ヒトはどこからヒトなのか”という議論もあり、苦痛や能力が人間にのみ付与された特別なものではないとの認識が一般化してきた。
 20〜21 世紀にかけての動き。著名なシルバースプリングス事件で、動物実験そのものが刑事事件として強制捜査を受けた。そこで行われていたサルの神経切断の実験は、最高裁まで争われたが有罪にはならず。また、伴侶動物(ペット)の盗難が相次ぎ、それらが動物実験に回されるという事例が多発し、米国での動物福祉法の制定につながった。EU でも同時期に同様の動きがある。加えて、ドレーズ試験や LD50(50 %致死量)の測定など化粧品の安全性試験としての動物実験に反対する運動も盛んになり、認知度の向上や一部実験の廃止などに結びついた。この流れで、代替実験法推進の動きも出てきている。
 今の自分の考えとしては、3Rを1R(代替のみ)にしてやっていけるのではないかと思う。代替実験の実施を求めていくのが、今の自分の活動のメインである。


 ここでもまた質疑が数件。畜産との関係や、反対運動の対象の多様さなどが話題に上りました。

 秘密のゲスト2人目は、一般社団法人サイエンスメディアセンターのプロジェクトマネージャーのNさん(都合により伏せ字に致します)。

[Nさんの話題提供の概要]
 獣医師の資格を持ち、獣医学部出身。ただ、獣医として働いたことはない。獣医学部時代の経験をもとに、率直に思うところを話したい。生命科学の最先端の研究者ではないことにご留意願いたい。
 まず、基本的な認識の問題として、獣医師は動物のためではなく人間のために働く存在である。その教育と研究において、動物実験は不可欠。例えば手術。代替法の動きはあり、海外では教育用キットの開発もされている。自分の経験では、1年次に生理学実習、2年次に解剖や麻酔の実習を経験した。その際に動物の苦痛を最小限にすることを学んでいる。その苦痛最小限に関しては法で定められており、それに従って実験ないし実習することが当たり前だと誰もが思っている。
 自分の経験からして、代替出来るものと出来ないものがあると思う。例えば、鳥インフルエンザの交差感染。鳥とブタの両方で感染することの研究は、代替法では原理的に不可能だろう。
 出身の大学で人畜共通感染症の研究施設が出来たが、そこでの研究は現行の動物愛護法に則って行われている。動物の取扱に関しても監査がある。技官がその資格を持ち、大きな権限を与えられている。
 現行のルールのもとで最大限度力するのが、自分の見聞してきたことである。


 更に質疑数件。それを経てしばし全体討論と相成りました。
 その全体を通じて、意外なほどにやり取りは紳士的で穏やかでした。それでいて、その中でも動物実験に関して、特に動物実験福利や思想的な背景、動物実験に関する実相に関しての見解の一致点や相違点、相互理解や対立などが色々と陰に陽に現れてきました。参加者の方々の意識の高さにも助けられて、なかなかダイナミックなやり取りが展開されました。

 5分程度の休憩を挟み、いよいよ後半部のワークセッションへ。
 3年連続で、全脳思考の手法で実施しました。手法の要点だけを述べると、ある主人公の時間軸に沿った物語を皆で作り、そのプロセスで得た気付きを基にして、元々掲げた問題意識に関して、その解を探索するというものです。
 ワークのテーマは、今回の企画主意そのものである「動物実験に対して賛成や容認するにせよ、反対するにせよ、それらを前提にして、生命科学の研究の未来像をどう考えるか?」。まさしく、サイエンスアゴラの基本理念である“みんなでつくる未来の科学”を体現したものになっています。
 当座では2つの島が出来て、それぞれに恒例の6マスチャートを囲んで、同じ問題と向き合う場を醸成できました。それぞれの島で得られた成果を大雑把に紹介すると、

[島その1]
 無用な実験は止めて、そもそも殺さないで済むようになればよい。将来は人間と他の動物との距離感を認識しながら、家族としての動物という考え方にも思いを馳せられれば。参加者各自が、各々の気付きを持ち帰る形になった。例えば、ある院生の方の場合は「不要な実験はしない」など。

[島その2]
 くまモンが主役で、物語の題名は「くまモン生きてるモン」。それを通じて、生命科学の未来について考えた。動物と人間との関係を考え直し、動物のための実験という視座も大切にしたい。最近は人間の冬眠や、他の動物の中に人間の臓器を作るという実験もある。考えなければいけないことが多くあると思う。

...という感じでした。

 最後に、ゲスト3名にコメントを頂き、司会者から挨拶をして〆にしました。

 こうした生命科学の研究手法に関する功罪についての議論は、倫理的法的社会的問題という側面も持ち、その実践がリスクコミュニケーションという意味も持ちます。動物実験への態度が賛成にせよ反対にせよ、実は動物の命を大切にしたいという思いは、両者で一緒ではないか。問題点への向き合い方の違いでしかないのではないか。運営側としては、そのように事前に薄々思っておりましたが、実際そうだったと確信しています。

 なお、この企画に関連して、プレイベントを実施しています。

みけねこサイエンスプロジェクト のぎ茶会
動物実験なぜ必要?なぜ反対?...と思うのか
LINK:みけねこ Sci.Pro. 公式のぎ茶会公式

 この当日の模様も Twitter で生中継しました。そのまとめがこちらこちらにあります。その反響も非常に大きかったようで、いずれも半月で 3,000 PV を超えました。
 アゴラ本番の生中継のまとめも、1週間で 1.000 PV を突破。それなりに大きな反響を呼んでいます。

 問題の渦中にある当事者が声をあげにくいという研究問題の特徴ゆえ、反響は大きくとも生の声はなかなか拾い上げきれない。そうしたこともあって、今回は企画連動型でアンケート調査も実施しました。その結果の概要の紹介は後日まとめて行いますが、当座では話の流れの中にねじ込むことは困難かと判断し、司会の筆者の判断で取り上げるのは省略しました。ただ、このアンケートに協力して頂いた方々や、協力の意志表示をして頂いた方々は、その全てが今回の企画にご協力及びご参画頂けたものと、主催者としては認識しています。
 そのアンケート調査の内容は、別途また機会を改めてご紹介したいと思います。その際に、今回の企画に関する考察も併せて行います。
posted by stsfwgjp at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学・技術・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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