2012年11月20日

開催報告:本音で語る『専門職学位』〜薬学6年化は成功するか〜

 科学コミュニケーションの祭典「サイエンスアゴラ 2012」にて、今年も研究問題ワークショップ「本音で語る」シリーズ第7段ということで、薬学6年化問題をテーマに開催しました。サイコム在籍時代から続く、科学研究や高等教育の影の部分、負の側面を考えるワークショップ、それが「本音で語る」です。

 今年の大枠のテーマは、久々の大学問題。シリーズ第4段で「本音で語る“大学とは何か”」をやって以来、事実上その続きという位置づけになります。そして、人と知を育てる場としての大学の社会の中での有りようとして、特に専門家を育て、それに身分保障を添えて社会に送りだすインフラとしての大学の問題を知るうえでの具体例の一つとして、今回は薬学部6年化問題を取り上げました。
 企画の背景に関してはこちらを、企画の公式案内はこちらを、それぞれ御覧下さい。
 また、研究問題とは何か?という点に関しては、こちらの拙文を御覧下さい。

 当日の模様は、例年のごとくネットワーキングチャット twitter で生中継を実施しました。また、今回は動画中継サイト Ustream も連動させました。Twitter 生中継の記録はこちらに、動画中継の記録はこちらに、それぞれまとめてあります。毎度、この中継に関しては、こちらの方にお世話になっています。最近はこれほどの大労作もあってご活躍。ご自身の出展企画でも忙しいところを、毎度お世話様です。記して感謝します。

 会の構成は、例年通り、前半がゲストを交えてのトークセッション、後半はそこでの問題意識の共有を受けてのワークセッションという2部構成です。
 前半のゲストには、松木則夫さん(東京大学薬学系研究科)と、 鈴木義男さん(集中出版社)をお招きしました。松木さんには薬学部での教育と研究にまつわる現状と今後の展望、及び政策としての問題点に関して、鈴木さんには薬学部6年化にまつわる政策的な背景や、業界の構造上の問題に関して、それぞれ話題提供を頂きました。
 さらに、前半部の最後には、薬学部6年化における目玉とも言える半年間の実務実習にまつわる、薬学生の本音に関する意識調査の予備的な結果を紹介しました。今回、共同出展者の日本薬学生連盟の方にこのプロジェクトではご協力を頂き、実は今日現在でこの調査プロジェクトは続いています〈後述〉。

 それぞれのゲストによる話題提供の概要をメモ程度に。漏れや趣旨外れがあれば筆者の文責です。

 松木さんからは、薬学教育の現状と課題についてお話を頂きました。
<概要>
 薬学6年化の議論においては、そもそも理念と議論のレベルで問題があった。6年という数字に大した根拠はなく、また賛成派と反対派の議論も噛みあわなかった。双方が次節に有利なデータを引っ張ってくるばかりで、結論ありきだった。それでも、既に薬学6年化は始まってしまった。「薬学6年化は成功するか」ではなく、我々は成功させないといけない。
 薬学出身者で病院や薬局で薬剤師として働く者の割合は半数程度。あとは学術界、企業の研究開発など。今年6年制課程の1期生が世に出たが、進路の約 75 %は病院や薬局。4年制課程は約 76 %が大学院進学。その4年制課程、定員は薬学部全体の1割程度。
 薬剤師、歯科医師、医師の人数の推移を見ると、医師と薬剤師は同程度に増えている。病院は増えず、薬局が大幅に増えており、その影響で薬局薬剤師が増えている。日本の薬剤指数は OECD 加盟国の中で突出しているが、全員が薬剤師として働いてはいない。
 今後、薬剤師は確実に余る。薬学は基礎から臨床まで守備範囲が広いことが特徴。皆で協力して、薬学を発展させていかなければいけない。

 続いて、鈴木さんから、薬学部6年化の政策的背景のお話を頂きました。
<概要>
 そもそもは、人口動態論が発端だった。'70 年代後半に霞が関の一部キャリア官僚が問題視し、少子高齢化に伴う医療費増大を抑制するために、厚生省〈当時〉で検討が開始された。これに、大蔵省〈当時〉も話に乗った。その中で、健康アドバイスや医療補完の出来る人材が求められ、そこに薬学6年化構想が出来た。一方で、東南アジアから看護師を招く構想もあったが、こちらは頓挫。
 いわゆる三師会(医師、歯科医師、薬剤師)の中で、大学が4年制なのは薬剤師だけ。薬剤師会等の推進派は、見栄で薬学6年化を後押しした面もある。私立大学の多くも、入学者を見込めるとのことで賛成に回った。国公立大学の関係者の多くは反対した。
 取材して知ったのは、薬学6年化はアメリカをモデルにしているという話。ただ、日米の医療事情はことなるので、単純な制度輸入は出来ないだろう。アメリカでは、オバマ以前は民間医療保険で、医者に行くと金がかかる。それゆえ、薬局や薬店の薬剤師が頼りで、薬剤師は地域社会において信頼され、憧れの対象。日本では、薬局や薬店のチェーン店は離職率が高く、現場は多忙で、アメリカにあるような現場の分業(調剤技師と薬剤師)もない。
 薬剤師国試の合格率の件、受験者あたりでは 80 %程度だが、大学によっては入学者あたり 20 %というところもある。大学間のレベルの格差は顕著である。他方、薬学6年化の過渡期において、臨床現場のモラルハザード(初任給高過ぎ、OTC 1類の説明義務履行率の低さ、過重労働など)や教育現場での教育研究者の育成不足、医療費削減に必ずしも結びつかないジェネリック医薬品推進といった問題も露呈してきた。臨床現場や経営者の意識改革も必要だ。

 会場からの質疑も数件。
 熱心にメモを取る来場者も多く、この問題に対する関心の深さを物語りました。

 薬学教育の現状と課題、薬学6年化を巡る社会的、制度的背景を受けて、ではこれからそうした社会に出ていく未来の薬剤師、薬学生たちはどんなことを思っているのでしょうか?
 というわけで、前半のトークセッションの最後には、共同出展者の日本薬学生連盟から、薬学生の本音の声をご紹介頂きました。テーマは、薬学6年化における目玉となっている臨床実務実習。その実習を巡る諸々に関して、彼ら彼女らの思いを調査するアンケートを実施しました。その調査結果の詳細はこの報告では省きますが、やはり本音のレベルでは色々と不満山積のようです。結論めいた概要だけ述べると、臨床現場での実務実習指導薬剤師に関しては概ね好意的ですが、薬局や病院などの実習施設の「質」にはばらつきが大きく、また実習施設への配属に関しても、その行き先や時期に関しての不満が多いようです。
 なお、事前にも公表していた通り、件の発表内容は更に精査して、来春3月の日本薬学会第 133 年会(会場:パシフィコ横浜)で発表する予定で、現在その準備を鋭意進めています。

 後半のワークセッションでは、去年に続き全脳思考法を用いたワークを実施しました。前半部分で思いの外盛り上がり、また思いの外時間をとってしまって、やや押せ押せのワークになってしまいました。それでも、全脳思考法のファシリテータの方々にご協力を頂き、何とかまとめあげることが出来ました。
 ワークの途中に Ustream の生中継の状況もチェック。数人の方々に御覧頂いたようです。
 さて、後半のワークでは島が3つ出来ました。ワークのテーマは「薬学6年化を成功させるために」。今から6年間にわたるある人の人生を物語にして、そこから見えてくる何かを問題意識に昇華させるというワークになりました。
 第1の島では、26 歳の薬剤師・山中さん(架空人物)が6年間で成功するまでの物語を作り、経験を重ねてパラダイムシフトを経ながら、社会に出てからも能力を高めていくという話に。そこから、自助努力の必要性に関しての問題提起がなされました。高度専門知識人が、社会の中でその知的能力を生かして活躍していくうえでは、こうした自助努力を社会に出てからも続けていくことは、実は割と一般的なことだったりもします。
 第2の島では、ゲストの鈴木さんを交えて進行。最初の2年で過去を振り返り活用し、次の2年で興味ある制度の過去を知る。最後の2年間で自分自身の在り方を形作っていく。そうした言わば“セルフブランディング”を通じての右肩上がりの人生という物語の中から、幾つかの示唆が得られました。或いは制度の見直し、或いはキャリアパス多様化に向けての進路転換から、薬学出身者のキャリアの多様性の再認識だったのでしょうか。
 第3の島では、ゲストの松木さんを交えて、よりによってカリキュラムの話に。6年後、学生が卒業したときに、尊敬や憧れの対象になるようなカリキュラムはどのようなものか。現在は、最初の1年で基礎固め。その後の3年で専門を学ぶが、それを1年に集約。知識の習得は実務を経験してからの方が身に付きやすく、その後に高度な専門知を身に付ける方が良いという具体的な提案に。

 最後に、ゲストのお2人にコメントをお伺いしてお開きにしました。松木さんからは、全脳思考法のワークで出てきた“Goal Oriented”な話は、コアカリキュラム改訂の検討段階で議論している内容とかぶっているというコメントまで飛び出しました。ただ、それが国民の求めるものであるのかどうかは、よく考えないといけないとも。鈴木さんからは、専門職としての薬剤師の社会的な存在に関して、改めて思いを巡らせたとのことでした。

 皆さんのご協力あってのことではありますが、よくこれだけの内容を2時間に詰め込めきったと思います。
 サイエンスアゴラ 2012 の会期は終わったものの、上記の通り今回の企画は来春の学会発表まで本当に繋がっており、その意味でこのワークショップは「まだ終わっていません」。
 どんな反響が来春の薬学会年会の会場であるのか、それが今からちょっと楽しみでもあったりするものです。
posted by stsfwgjp at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学・技術・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック