2016年09月19日

生命操作の問題(2);現在の生命科学の最先端

 今年のサイエンスアゴラ・研究問題ワークショップ「本音で語る」では、生命操作の問題を取り上げます。
 例年同様、問題群の背景や構造を、私見と腕力の許す限りで、6回分のエントリーを使って大雑把に整理してみたいと思います。

 2回目の今回は、現在の生命科学の様々な分野に関して、その内容を概観します。
 一口に生命科学といっても、医療や福祉に関係しそうなものだけで、その幅の広さが広大になり、しかしながら医療や福祉の特定の題材を初めから狙って基礎研究から開発プロジェクトを起こすことがそもそも困難であることを理解するのが、今回の目標です。

1)科学雑誌という社会的存在
 通常の場合、研究者が自らの研究成果を世に問う場は、学会年会などの研究会での研究発表や、学会及び科学雑誌における論文、研究成果をまとめた書籍などです。自然科学やその関連分野(医学、薬学、工学、農学など)の研究の場合、成果発表の殆どは科学雑誌における論文で行われます。
 研究者が自らの研究成果を科学雑誌に投稿し、掲載されるとその論文が研究成果として認められます。ただ、論文が世に出ることは、その研究成果が科学的な知として確立し、定着するための第一歩であり、論文や学会発表そのものが知の確立を意味するわけではありません(一部の製品の広告で、学会発表や論文掲載の事実が売り文句として使われることがありますが、その事実のみが製品の正当性の根拠になるかというと、大なり小なり微妙と云うべきでしょう)。

 さて、数多ある科学雑誌には、研究者業界内で共有されている格付けがあります。
 その格付けが存在すること自体の善し悪しはさておき、その格付けが論文そのものの信憑性の根拠として扱われている実態はあります。例えば、その論文の著者の信頼性や、業績そのものの正当性、その雑誌に掲載された事実がその論文著者の研究費申請にもたらす影響など、ことあるごとに研究者自身や業界関係者の実感するところとなるわけです。
 それ自体は単純な善し悪しでは片付けられませんし、研究成果を論文の数や格で測ることの是非も論点としてはありますが、現状では科学雑誌に掲載された論文が、研究者の社会に対する知的貢献の結実の1つの基本となっています。

 代表的な総合雑誌を挙げておきます。ご存じの名前がきっとあるでしょう。

Nature
・Nature - Scientific Reports
Science(日本語版はこちらに)
ProNAS U.S.A.
Scientific American(これの日本語版が日経サイエンス

2)分野その1;生化学・分子生物学
 代表的な雑誌を挙げておきます。
Nature Biotechnology
Cell
The Journal of Biological Chemistry
The Journal of Biochemistry

 生化学は生体を構成する物質の化学的性質を調べる学問、分子生物学は生化学に立脚して、生体物質の物理的、化学的性質が生命現象の発現機序にどのように関与しているかを調べる学問です。その延長線上に、蛋白質や核酸(DNA、RNA など)、糖鎖、脂質、及びそれらの構成要素(アミノ酸、ヌクレオチド、単糖類、脂肪酸など)や代謝産物の生理的影響、及びそれらを“加工”して得られた物質(各種の薬物、蛋白質工学や遺伝子工学の産物など)の生理機能の分子論的基盤を調べるところがあり、その視点が細胞や生体組織、個体に一段〜数段上がると、そこから先は生理学の守備範囲になります。
 遺伝子の実態が核酸(DNA、RNA)の塩基配列であること、DNA の複製や DNA から RNA への転写、RNA から蛋白質への翻訳、蛋白質の翻訳後修飾なども生化学や分子生物学の守備範囲で、それらの現象の機序にも未解明の部分が今なお少なからずあります。

3)分野その2;生物物理学、数理生物学
 代表的な雑誌を挙げておきます。
Biophysical Journal
・Biochimica et Biophysica Acta (BBA)
  - Biomembranes
  - Bioenergetics
  - Gene Regulatory Mechanisms
  - General Subjects
  - Molecular Basis of Disease
Biological Cybernetics
Journal of Mathematical Biology

 生命現象を物理学の視点(現象の定量的な記述や、物理量の時間変化及び空間分布)から扱う学問が生物物理学、生命現象の時間変化や空間分布の様子を数式に載せて理解するのが数理生物学です。前者は細胞内のカルシウムイオンの動態、神経細胞における活動電位の伝搬や細胞間の情報伝達、生体高分子(蛋白質、DNA など)の高次構造や分子動力学、生化学反応系のネットワークの動力学的な振る舞い、心臓や骨格筋などの筋肉の収縮、免疫系や内分泌系の細胞間相互作用などを扱います。後者は、一連の現象を量的に記述するモデルを考え、或いは基礎方程式から現象を記述して、その現象の合理的な説明を試みます。

4)分野その3;神経科学
 代表的な雑誌を挙げておきます。
Nature Neuroscience
Journal of Neurophysiology
The Journal of Neuroscience
Neuron
Brain

 文字通り、中枢神経系(脳、脊髄など)と末梢神経系(交感神経、副交感神経、他)を構成する細胞の性質やそれらの相互作用及びネットワーク、神経組織の機能や生理的意義、中枢と末梢との間の情報の流れやその制御、中枢神経における高次機能と部位、関与する細胞との関係などを守備範囲にします。
 古くから、その電気的な興奮を物理や数理の文脈で理解する試みが幅広く行われ、生命現象の数理モデルとの親和性が高い分野です。そうした基礎的な知見の応用可能性は広く、コンピュータの計算原理や各種の病態診断の根拠などに、得られた知が2次利用されてきました。最近は、神経系の機能に障害を持つ人(脊髄損傷や先天性障害など)の神経機能を外部装置で補佐するシステムも現れ、その動作原理の基盤になるのも神経科学の知見です。

5)分野その4;発生学、再生医療
 代表的な雑誌を挙げておきます。
Developmental Biology
Genes and Development
Developmental Cell
Stem Cells

 基礎的には、生殖細胞が受精後に個体になるまでの一連の機序や、組織(皮膚、血液、胃腸や口腔の粘膜など)の新陳代謝及び傷害後の組織再生の機序などを守備範囲にしています。細胞の分裂や増殖に関する基礎的な機序は生化学や分子生物学に多くを負っていますが、増えた細胞が特定の機能を持つ細胞に分化していく過程が、個体の発生や組織の形成及び再生の鍵を握っています。
 日本人がノーベル生理学医学賞を受賞した iPS 細胞(人工多能性幹細胞)や、その事実上の前段階にある ES 細胞(胚性幹細胞)の作出や、それらからの組織や臓器の形成もこの分野の守備範囲であり、また生殖医療における卵子や精子の状態や個体の生育なども守備範囲にしています。

6)分野その5;免疫学
 代表的な雑誌を挙げておきます。
The Journal of Immunology
Nature Immunology
Journal of Allergy and Clinical Immunology
American Journal of Transplantation

 基礎的には、個体及びそれを構成する物質群を外部から進入した異物から守る仕組みとしての免疫系の働きを対象とし、その免疫系を構成する細胞群(T リンパ球、B リンパ球、各種の白血球など)と、それらの細胞群が作り、他の細胞や異物などに働きかける物質群(抗体=免疫グロブリン、補体、サイトカイン、分化抗原群(CD)など)、各種の免疫現象(異物攻撃、炎症など)を守備範囲にしています。
 免疫系の働きは、個体の自然治癒力の一つの基盤としての意味を持つ一方、その影響による新たな疾患(花粉症、各種の過敏症、膠原病などの自己免疫疾患)の基盤としての意味を持ちます。医療との関わりでは、輸血における血液型の問題、ガンの発症、臓器移植における免疫抑制などが問題としてあります。

7)分野その6;その他
 代表的な雑誌を挙げておきます。
(再生医療)
Journal of Tissue Engineering and Regenerative Medicine
(BMI・BCI)
PROS Computatonal Biology
(遺伝子工学)
Journal of Genetic Engineering and Biotechnology

 再生医療は文字通り臓器移植が守備範囲。BMI(Brain-Macine Interface)や BCI(Brain-Computer Interface)は、神経障害を持つ人の運動機能を、コンピュータにより外部から神経系を介して制御する装置やシステムの総称。遺伝子工学は、考えている遺伝情報を DNA や RNA に人為的に入れて、遺伝子を“最適化”する手法のことで、遺伝子組み替えによる各種産物をどう作るかと関連しています。

 上記の一連の科学雑誌に掲載されている論文の多くは、基礎的な生命科学の知見の集積であって、それが直ちに医薬品開発や治療法の開発に直結するものではありません。そこから先の、病態の科学的な記述と解析を経て、それに働きかける手法とその妥当性を検証する作業が必要です。
 医療行為は、必要な訓練を受けた医療従事者でありさえすれば、誰がやってもその手順に従えば同じ結果を得るものでなければ、確立した医療行為として完結しません。科学の世界では、これを“再現性”と呼びます。同じ条件の病態に対し同じ処置を施して、同じ治癒効果が得られることを期待して、必要な医療行為を行うのが、臨床医療の基本です。その「同じ条件」「同じ処置」のところには大なり小なりブレがありますが、想定される範囲の変動に収まっていれば、効果があると判定するのが普通です。尤も、その「同じ条件」「同じ病態」を見出すことに大小の困難はあり、それが医療の有効性の問題にまつわる根元となっています。
 臨床医療は、確立した知見を総動員して(悪く云えば「在り合わせの寄せ集め」で)、病態を抱えて困っている患者のために最善を尽くすことが守備範囲です。そして、その守備範囲の地盤固めと、守備範囲を広げることもまた大切な営為であり、そこを担うのが医科学です。その医科学の基盤となるのが、各種の生命科学であり、また物理学や数学、統計学、情報科学だったりするわけです。

 次回第3回は、先端医療の光と陰に触れます。
posted by stsfwgjp at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学・技術・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月18日

生命操作の問題(1);病気の治療法開発と生命科学

 今年のサイエンスアゴラ・研究問題ワークショップ「本音で語る」では、生命操作の問題を取り上げます。
 例年同様、問題群の背景や構造を、私見と腕力の許す限りで、大雑把に整理してみたいと思います。
 今回から6回分のエントリーを使って、順次まとめていきます。

 1回目の今回は、病気の治療法の開発の実態と、それに対する生命科学の寄与、およびその間に横たわる障壁に関して概観します。殊に、その最先端にある、いわゆる生命操作技術と称されるもの、およびその背後にある各種の医療技術と、その基盤にある科学との関係について考えます。

1)そもそも生命操作とは?
 博物学的な分類や形態記述から始まった生物学が、生化学や分子生物学、システム論的な構成論的生物学、情報学などとの融合や統合を経て、現在の生命科学の姿になったのは、90 年代後半〜今世紀初頭の時期と云って良いでしょう。その現在の生命科学において、DNA や蛋白質などの生体高分子、各種の細胞や組織、臓器、身体の一部を制御ないし交換することも、今や大なり小なり可能なものになりつつあります。かといって、産業機械の如く部品の交換が容易に出来ないのが生命体であるとの理解も進んできており、また部品の集積として生命体を捉えること...要素還元主義...に対する批判も、生命科学の研究そのもの、またその延長線上にある医科学や医療において、踏まえるべき常識になりつつあります。

 ただ、良くも悪しくも、生命体を構成する物質や組織、及びそれらの集積の様式に対する理解が、科学としての生物学、生命科学を進めてきたことは事実であり、科学はその対象に干渉し、これを制御することでその対象の理解を試みます。そうである以上、生体を構成する物質や組織を何らかの意味で外的に操作する行為は否が応にも行われることになります。

 多くの言説が、生命操作について、定義をし、論じています。一部を挙げておきます。

・NHK 福祉ポータル ハートネット 生命操作−復刻版−
・ALIVE 動物の生命操作と生命倫理
・日本学術会議 生命科学の全体像と生命倫理こちらも参照)
・森岡正博
 人間の生命操作に対する批判的見解に関する予備的考察(1)
 人間の生命操作に対する批判的見解に関する予備的考察(2)
・京都精華大学 生命操作技術をすすめることの是非
・(書籍)教文社 生命操作は人を幸せにするのか

 論点は多岐に渡り、認識の大小の差異はありますが、概ね「以前は不可能だった遺伝子操作や生殖制御、生体機能の増強」を生命操作と定め、その内容や意義、問題点(特にその倫理的、社会的、経済的側面)を論じています。

 本稿では、生命操作を以下のように定義します。
[定義]
 何らかの意味で確立された科学的知見に基づき、生体高分子(蛋白質、核酸)やそのネットワーク、細胞やその集合体、生体組織の一部又は全部、生体システム(免疫系、神経系、造血系、生殖系、運動系など)に外的な操作を施すことで、その生理現象や生理機能を制御する技術的操作の総称。


2)治療法開発の流れと生命科学
 さて、何かある疾患があるとき、確立された治療法が存在する場合や、その治療法に改良の余地があって、利益が大きく害悪が少ないと期待できる場合には、医師はその治療法又はその小幅改訂版を採用し、他の医療従事者もその方針に従い、患者も...必要な説明を受け、同意すればとの前提で...その治療法を受け入れるのが普通でしょう。
 ただ、そうした既存の治療法及びその改訂版、組み合わせでは上手くいかないような場合には、新しい治療法を検討し、試すことが視野に入ってきます。既知の生命科学の知見を応用することで、その新しい治療法の開発が出来る場合でも、そこに研究の余地が発生する場合には、治療法の開発から臨床現場での適用に至るまでの道のりは、一筋縄でないことの方が普通です。ましてや、治療法の原理や技術の原理になる基礎的な部分の科学的知見に研究の余地がある場合には、その困難は更に増します。

 さて、そうした治療法が出来るまでの道のりは、どのようなものでしょうか?

 対照として、医薬品開発の場合を例に、その概略を述べます。
 外科的操作を伴う場合なども、およその流れは大同小異と言えます。

 新規の医薬品開発にあたって、最初にやることは、一般に標的となる病気に関して、その病理や病態、経過、及びそれらの発生機序を明らかにすること。次に、標的となる機序とその鍵を握る分子や細胞を特定すること。そして、一連の結果を踏まえて、それらの分子や細胞に作用する物質を徹底的に探索します。多くは低分子ですが、最近は分子量の大きなもの(500〜1,000 g/mol 程度)や、多量化した高分子(ペプチド、蛋白質)、及び生物試料からの粗生成物等(生薬エキス、死菌、生きた微生物など)を用いる場合もあります。
 次に、取り上げる物質が生体の構造や物性、生理作用を徹底的に調べます。その上で、培養細胞や実験動物にその物質を投与して、有効性や安全性の前評価を行います。ここまでが、前臨床試験と言われるものです。
 その段階を通過した物質が、いよいよヒトに投与される段階が、臨床試験(いわゆる知験)です。ある意味で文字通り、人間を素材にした動物実験の一面はあります(ヒト以外の動物で有効性と安全性を評価したあと、ヒトで同じことを行うという意味で)。3段階で行われ、少数の健常者を対象にした第1相、少数の有志の患者を対象にした第2相、多くの患者を対象にした第3相にわかれ、途中のどの段階で重大な問題が発生してもそこで終了という厳しさがあります。
 第3相臨床試験を通過した物質が、必要な手続きを経て承認されると、医薬品として世に出ます。そして、国の薬価基準に収載されると、処方薬として医者から患者の手に渡ります。
 なお、デビュー後にも市販後調査という審査があり、そこで引っかかるとデビュー後のオジャンもあり得ます。

 上記で医薬品を医療機器、外科処置に置き換えると、治療法開発は大筋で同じものになります。ただ、外科処置を伴う場合や、医薬品開発でも抗ガン剤の場合などには、第1相臨床試験において健常者を対象としないことが普通です。

 こうしてみると、前臨床試験までの段階で基礎的な生命科学の研究が大いに寄与し、臨床試験の段階でも素養レベルの生命科学や他の自然科学、数学、統計学などの寄与があることが分かります。

3)技術開発をめぐる社会の動き〜そこにある光と影〜
 最先端の医療技術に接する機会は、その内容にもよりますが、たまたまその対象になるある病気や怪我を経験し、その治療対象としてその医療技術にアクセスしうる条件に恵まれた人に限られることが普通です。ただ、その病気やけががある日突然、誰のところにやってくるかが事前に分からない以上、潜在的には誰でもその最先端医療にアクセスする可能性は大なり小なりあると考えるべきでしょう。多くの医療従事者や医科学研究者は、その前提で研究や開発、医療の実践を行っているはずです。
 ただ、科学的知見や技術が正しく適用され、それを希望する人にとっての生きる力になる幸せな事例ばかりでないのもまた、実態です。希望する人に希望通りに適用して、幸せな結果にならない事例は、最先端の場ではままあります。また、患者の側がそれをそもそも希望するか?という自己決定権の問題もあります。もともと標準医療であっても、その適用は手探りの側面が強く、一定範囲の不確実さはあります。それが最先端医療になれば、その不確実さは増します。そのことを受け入れることの出来る患者や医療従事者がどれだけ居るかとなると、現実的な難しさは更に増します。
 具体的な問題群は今後徐々に後述していきますが、そうした問題を直視して乗り越えるために、誰が何をどうしたら良いのかも、一筋縄ではないでしょう。

 次回第2回は、医科学の基盤となる生命科学の最先端の、ほんの一端に触れます。
posted by stsfwgjp at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする