2015年11月09日

「本音で語る研究費問題」豊田さんのトーク要旨

 今年のサイエンスアゴラ・研究問題ワークショップ「本音で語る研究費問題」にて、前半のトークセッションにお2人のゲストをお迎えします。
 そのうちのお1人、鈴鹿医療科学大学学長の豊田長康さんの話題提供の要旨をご紹介します。ご本人よりご恵与頂いたものを、そのまま公開します。

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日本の大学の研究競争力を劇的に低下させた主因は何か?

 学術論文は大学の研究力を測る最も重要な指標の一つであるが、学術論文の量および質(注目度)を指標とした場合に、21世紀に入り日本の大学の研究競争力は劇的に低下した。この原因についてはいくつかの指摘がなされてきたところであるが、それを統計学的に分析してデータとして示した報告はほとんどなかったと思われる。豊田は2015年5月に国立大学協会に、研究費、特に国立大学への運営費交付金と学術論文数との相関分析の結果を報告した(「運営費交付金による国立大学への影響・評価に関する研究」)。この報告は、一部報道機関等からも「豊田レポート」として注目を集めたようである。このレポートの結論としては「国立大学の論文数の停滞・減少をもたらした主因は基盤的研究資金の削減(およびそれに伴うFTE研究者数の減少)であり、さらに重点化(選択と集中)性格の強い研究資金への移行が論文生産性を低下させ、国際競争力をいっそう低下させたことが示唆される。」と書かれている。
 なお FTE(full-time equivalent)とは、研究者の頭数×研究時間を意味し、教育活動等により研究活動時間が半分となっている教員の FTE は 1/2 人と計算され、同時に研究費(人件費)も FTE によって計算される。OECD 諸国では以前からこの方式が用いられているが、日本では未だに一般化されておらず、大学への研究資金の評価や政策決定に大きな問題を残している。
 また、旧帝大は日本の大学の中でも「選択と集中」政策の恩恵を最も受けている大学群であるが、今回 Times Higher Education の国際ランキングが劇的に低下した。この要因についても上記メカニズムによる研究競争力の低下が反映された可能性がある。

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「本音で語る研究費問題」田原さんのトーク要旨

 今年のサイエンスアゴラ・研究問題ワークショップ「本音で語る研究費問題」にて、前半のトークセッションにお2人のゲストをお迎えします。
 そのうちのお1人、未来工学研究所田原敬一郎さんの話題提供の要旨をご紹介します。ご本人よりご恵与頂いたものを、そのまま公開します。

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「科学技術と社会との関係」からみる研究資金配分政策の潮流と課題

 本講演の目的は、後半のワークセッションでの議論に資するために、日本を含めた先進諸国における研究資金配分政策の潮流について、「科学技術と社会との関係」に着目して整理を行うとともに、こうした潮流を踏まえ、これからの政策側及び研究者側に求められるものは何かについて、研究コミュニティの外にいる立場から問題提起を行うことにある。
 S.カズンズは、第2次世界大戦後の米国の科学技術政策の特徴を、「科学に関わることは科学コミュニティにまかせておくことが社会に対して最も効果的に便益をもたらす方途であるとする勢力」(繁栄の自治派)と、「科学であっても公的支援を受けるからには説明責任を果たすべきである(投資に対する価値を示すべきである)と考える勢力」(説明責任派)との拮抗の歴史として描いたが(Cozzens 2001)、税収の減少や財政危機等を背景に、先進諸国では後者の立場を重視せざるを得ない状況になってきている(福島・田原2013,田原2014)。各国において、「需要側」、「ニーズ牽引」といったキーワードが2000年前後から頻出するようになったり、公的研究開発の優先順位付けや重点化のあり方に関する議論が活発化したのはその典型である。
 研究資金配分政策もこうした流れに呼応する形で変化してきている。具体的には、機関単位で経常的に配分される一般大学資金の占める割合が減少し、政策ニーズに対応する形で配分される直接政府資金が増加するようになった。また、その配分方式として競争的資金が重視されるとともに、研究実施能力を有する拠点の識別が図られ、個人やチームをベースとする競争的資金から機関や組織を単位とするそれへと重点がシフトしてきている(小林2011,標葉・林2013)。
 こうした潮流を踏まえ、日本における資金配分政策にはどのような構造的な問題があるのか、また、研究者はどのように変わる必要があるのか、そして、政策側と研究者側が適切に責任を果たすための資金配分政策はどうあるべきかについて、「評価」という社会とのコミュニケーションツールに着目して問題提起を行う。

参考文献:
Cozzens, S. (2001) Autonomy and Accountability for 21st Century Science, Science, Technology and Governance,Mothe (ed.), pp.104-115, Pinter.
小林信一(2011)「研究開発におけるファンディングと評価−総論−」『国立国会図書館調査報告書国による研究開発の推進―大学・公的研究機関を中心に―』, 149-173.
標葉隆馬,林隆之(2013)「研究開発評価の現在‐評価の制度化・多元化・階層構造化」『科学技術社会論研究』10: 52-68.
福島真人,田原敬一郎(2013)「「科学を評価する」を問う−特集にあたって」『科学技術社会論研究』10:9-15.
田原敬一郎(2014)「10 公共政策学」山下晋司編『公共人類学』,東京大学出版会.

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posted by stsfwgjp at 22:26| Comment(0) | 科学・技術・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする