例年同様、問題群の背景や構造を、私見と腕力の許す範囲で、大雑把に整理してみたいと思います。
今回はその6回シリーズの2回目です。
第2回の今回は、日本の研究費制度において昨今その存在感を増している競争的資金と、大学の運営交付金削減の問題について考えます。
1)主な競争的資金
まず、代表的なものを列挙します。
・科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業
CREST、ERATO、さきがけ、ACCEL、ACT-C、国際強化支援、ALCA、RISTEX、s-イノベーション、先端計測などいくつかありますが、そのプログラム一覧はこちらのリンクにまとめられています。
・科学技術イノベーション創出基盤構築事業
JST が窓口になっていますが(こちらを参照)、元々は文部科学省の科学技術振興調整費が改組されたものです。これが「科学技術戦略推進費」となり(こちらも参照)、その後再改組されて、現状のようになりました。
JST によるもの以外でも、例えば以下のようなものがあります。
・日本医療研究開発機構(AMED) 革新的先端研究開発支援事業
・物質・材料研究機構(NIMS) ナノテクノロジーを活用した環境技術開発
・新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 先導的産業技術創出事業(若手研究グラント)
(経済産業省の産業技術研究助成事業から改組)
・厚生労働省 科学研究費
・農林水産省
研究機関等が応募できる研究資金
農林水産政策科学研究委託事業
・国土交通省
建設技術研究開発助成制度
国土政策関係研究支援事業
・総務省 戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)
日本の研究費に関する動向は、総務庁統計局の「統計でみる日本の科学技術研究」から大づかみに把握できます。
2)運営費交付金の問題
こうした競争的資金の拡充の一方で、大学に交付される運営交付金は年々削減傾向にあります。
運営費交付金とは、国立大学の場合、正式には「国立大学法人運営費交付金」と称し、国から大学に支給される大学の予算のことを云います。これをもとに研究費や人件費、各種設備の整備費などに充当されます。
2004 年の国立大学法人化以降、その運営費交付金は余剰金を次年度に繰り越せるようにこそなりましたが、年々減少の一途を辿っています。その減少幅たるや、毎年前年比1%減。その後も金額ベースでの減少は続いています(2004 年が1兆 2,415 億円、2009 年が1兆 1,695 億円、2014 年が1兆 1,123 億円)。
尤も、その運営費交付金の支給対象になっている大学も、やはり旧帝大(特に東大と京大)への偏りが以前から云われており、その善し悪しはさておき、科研費と同様の傾向があります。
データ源としては、以下が参考になるでしょう(古いものも混じっています)。
・筑波大学 削減される国立大学予算
・旺文社 教育情報センター 23 年度 国立大学法人運営費交付金
・文部科学省 資料3-1 国立大学法人の現状等について
・財務省 文教・科学技術予算
他方で、政策的には、ただ国立大学の運営費交付金を減らすだけでなく、これと併せて、文部科学省側も手を打っています。
2004(平成 16)年以降、文部科学省は中期目標期間を定めて、国立大学法人改革を進めています。現在はその第2期(2010〜2015 年)の最末期に当たり、第1期(2004〜2009 年)で指導させた国立大学法人の変革を更に加速させようとしています。その中で、「グローバル化」「イノベーション機能強化」「人事・給与システムの弾力化」が推進されてきています。
大学側も手をこまねいているわけでもなく、大学自身も独自で基金を創設したり、寄付講座の設置や設備寄付の受け入れなど、様々な動きを始めています。しかしながら、各大学の基金が集めることの出来ている金額は、例えばアメリカのハーバード大学やスタンフォード大学、英国のケンブリッジ大学(何れも私立大学)に比べれば、日本の東京大学など吹けば飛ぶようなレベルでしかありません(2015 年現在で東京大学基金の残高は約 104 億円。2014 年の私立大学の慶應義塾大学で寄付金収入が約 81 億円。2012 年現在、左記の英米3大学の基金総額は、ケンブリッジ 8,330 億円、ハーバード 3兆 2,800 億円、スタンフォード1兆 9,040 億円;英米のデータはサイエンスポータルのこちらを参照)。
3)競争的資金が増え、運営交付金が減ると何が問題なのか?
運営交付金削減の政策は、大学に独自財源での運営を求めているように思われます。
私立大学の多くは、私学助成金(正式名は私立大学等経常費補助金)の支給を国から受けています。2015 年度の総額は 3,180 億円で、金額ベースでは 2001 年度からほぼ横這い、近年は微減です(2001 年で 3,143 億円、2005 年で 3,293 億円、2009 年で 3,217 億円)。それでも、授業料や入試手数料、寄付金(基金等)などで私立大学の財務は成り立っています。
但し、国立大学の場合は、大学の年間予算に占める運営費交付金と科研費などの助成金の占める割合が大きく、医学部及びその付属病院を抱える場合の病院の収入(診療報酬や手数料など)がそれに次いでいるという状況で、授業料や入学金収入は私立大学よりも多くない場合が多いようです。
そうなると、何が起こるか?
シリーズ第1回でも述べましたが、科研費には間接経費の枠があり、その一部は大学の収入になります。運営費交付金が削減され、社会の少子化で入試手数料や授業料の収入が減るとなれば、科研費の間接経費の増収を本気で考えるでしょう。
その流れは既に現実のものとなっているようで、一部の国立大学で研究者に科研費のノルマが課されているという話があります(一部では、交付金から支給される研究費を、科研費に応募しなければ減らすというペナルティを課している事例もあるようです;例えば、こちら、こちら、こちら、こちらなど)。ただでさえ、科研費の応募件数が昨今増えている現状がありますが、どうやらその一部は国立大学の応募実績作りの口実という側面をもたらしているようです。
科研費応募の手間が増えることは、研究者にとって研究や教育にかける手間と時間が減ることを意味します。これが中長期的な研究パワーの低下に結びつくことは、ありそうな話です。
他方、私立大学でも科研費の申請は昨今増えています。
科研費申請の手間と時間は、国公立、私立の各大学で大差はないようです。
かてて加えて、JST や AMED 等の大型予算ともなれば、申請や報告などの書類仕事の負担は否が応にも増すことになります。読者の皆さんは、例えば、JST の戦略的創造研究推進事業の申請書や報告書をご覧になったことがあるでしょうか? それらを作成する手間がどれほどのものか、想像してみて下さい(例えば、JST の戦略的想像研究推進事業の事例は、こちらやこちらを参照)。個人が研究の片手間で行うのは、現実的にはほぼ無理です。
それらの研究費自体は、究極的には国民の税金がもとになって成り立っています。
それだけに、そうした国費財源の研究費を誠実に使うことの重要性は言を俟たないでしょう。
しかし、そもそも研究費は研究をするためのお金です。研究をするためのお金をせっかくもらって、肝心の研究が満足に出来なかったとしたら、何のための研究費なのでしょうか?
他方で、研究資金の提供元は、実は国費以外でもそれなりにあります。
シリーズ第3回に続きます。