2014年09月24日

研究倫理(3):研究倫理、研究公正とは何だろうか?

 今年のサイエンスアゴラ・研究問題ワークショップ「本音で語る」では、研究不正問題を取り上げます。
 一歩高みに登って、問題の全体像を見ながら、何が本当の問題なのかについて考え、解探索のための模索の端緒にしたいと思います。

 今回は、これまでの記事を受けて、研究倫理とは何か?研究公正とは何か?という論点に関して、おおよそまとめておきたいと思います。

 理研 STAP 騒動過去の事件の事例集における問題意識は、研究公正という問題群に属すると考えられます。
 この「研究公正」とは、一般の方々にとってはやや耳慣れない言葉かも知れませんが、科学研究の営みにおける手続きの正当さや研究内容の正しさに対する批判的検証の営みを意味します。具体的には、
・実際に実験や計算、野外調査やメタ解析などの作業を実施し、生のデータを適切に採取すること
・計算や測定、分析などの結果を、第3者が検証可能な方法で処理すること
・以上の内容を、誰が見ても理解し追跡できるように公表すること
...に、ほぼ集約されるでしょう。

 これらを適正に行うことが、なぜ重要なのでしょうか?

 根源的には、科学研究や得られた知なるもの一般に対する、社会的信頼の確保という意味があるでしょう。
 例えば医薬品開発や食品開発、乗用車や精密機会などの工業製品開発において、それらが正しく動作し、人々の生活に寄与する為には、正しい手順で作られ、結果や手順が正しいことが必要です。
 それらを作ること、動かすことを担う人材の育成のためには、教材が必要です。教科書や参考書の記載は、その知の確立された度合も含めて、公正であることが必要です。
 科学研究を遂行するには、大抵の場合、過去の知の蓄積に学ぶ必要に迫られます。その際、その知や知的体系が公正でなかったら、後世の人材が参照するに足るものに作り替えるのは、並大抵のことではないでしょう。信頼できる知的体系であってこそ、能力開発や業績の上積みが適切に行えるのです。故意の嘘と間違いは異なるとは言え、後者は手続きが適正であればこそ、適正に修正できるのです。

 数々の研究不正は、それらを台無しにしてしまうリスクを伴うのです。

 日本国内でも、世界的にも、研究公正への取り組みは実は盛んです。
 例を挙げればそれなりに沢山ありますが、日本の例としては名古屋大学大阪大学のものを、諸外国の取り組みに関しては JST の松澤孝明さんによる論文2報にまとまったもの(「諸外国における国家研究公正システム(1)」「同(2)」)を紹介するにとどめます。

 通常、この研究公正という考え方は、研究倫理とは区別されることが多いものです。
 筆者の私見になりますが、広い意味では、「科学研究(自然科学に限らない)に関わる人たちの間の関係のあるべき姿を考える」という、当為の科学コミュニティ像を考える批判的営みが、研究倫理と言えるでしょう。
 この見地に立てば、研究公正は研究倫理の重要な一部と言うことが出来るでしょう。

 科学社会学や科学技術社会論などの関係者の間では、通常、研究倫理と言えば、ヒトや生物を対象にした生命科学の研究における、生命の尊厳の維持に関する問題(生命倫理)を指すことが多い(理研の取り組みの例をあげておきます)ですが、広い意味では技術倫理の文脈で、科学技術の研究開発における過程での社会との齟齬や、生み出された知や製品、思考様式がもたらす価値衝突を含む場合もあるようです。そのあたりの問題群の整理は、現状やや混乱しているように筆者には見えますが、問題群の所在は確固たるものだと思われます。

 昨年のサイエンスアゴラ 2013 では、広い意味での研究倫理の一部として、生命倫理の問題を扱いました(こちらの開催報告を参照)。その裾野の広さに関しては、考えれば考えるほど際限ないものが感じられます。しかし、根源的には「生命への畏敬」をどうやって大切にして生命科学の研究をしていくべきなのかという論点に集約され、一連の価値衝突や研究素材の取扱い方の問題の定式化も、その文脈から出来るものです。

 研究公正の問題も、同様であると思われます。
 根源的には、公正な手続きによって、科学の知の正しさをどうやって保証していくのかという論点に集約されるでしょう。そして、やっぱりそこにはある種の価値衝突や齟齬があります(STAP 騒動の記事の 3) をご参照下さい)。それをどうしていくのかが社会から問われており、また科学コミュニティはこれを(コミュニティレベルで)自問自答しなければいけないと、筆者は考えます。
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2014年09月22日

研究倫理(2):これまでの主な研究不正問題

 今年のサイエンスアゴラ・研究問題ワークショップ「本音で語る」では、研究不正問題を取り上げます。
 一歩高みに登って、問題の全体像を見ながら、何が本当の問題なのかについて考え、解探索のための模索の端緒にしたいと思います。

 前回までの記事では、理研 STAP 騒動に関して、かなり端折って振り返りました。今回は、日本と世界にある主な研究不正事件と、その構図に関して整理します。網羅的にその全てを列挙、記述、分析などすると、それだけで大著数十冊分になるため、今回は主要なもののみ取り上げます。
 一部の事例のみ簡単に列挙しておきます。興味のある方々は、是非更に調べてみて下さい。

[日本の事例]
 ・旧石器捏造事件(2000 年;旧石器発見の捏造)
 ・理研データ改竄事件(2004 年;血小板の研究で画像改竄など)
 ・阪大医学部論文不正(2005 年;内分泌研究で捏造、改竄、無許可動物実験)
 ・東大分生研不正疑惑(2005 年;RNA 干渉の研究で捏造疑惑)
 ・阪大医学部杉野事件(2006 年;生化学の捏造改竄。助手が自殺)
 ・東大セルカン事件(2010 年;経歴詐称、業績捏造、剽窃)
 ・東北大井上事件(2011 年;材料科学の論文2重投稿)
 ・東邦大藤井事件(2012 年;麻酔学の論文 172 本で捏造)
 ・ノバルティス臨床研究不正(2013 年;降圧剤のデータ改竄と利益相反)
 ・東大分生研論文不正(2013 年:画像流用、改竄、不掲載など多発)
 ・J-ADNI データ改竄疑惑(2014 年;アルツハイマーの臨床データを改竄か)

[世界の事例]
 ・パンデ事件(インド;1961 年;鶏卵中の寄生虫発見を捏造)
 ・サマーリン事件(米国;1974 年;皮膚癌移植を捏造)
 ・ルーカス事件(英国;1975 年;外科学の論文業績の捏造)
 ・スペクター事件(米国;1981 年;癌研究で捏造、経歴詐称)
 ・ボルティモア事件(米国;1986 年;免疫学の研究で捏造冤罪)
 ・ピアーズ事件(英国;1994 年;臨床事例捏造)
 ・ヘルマン・ブラッハ事件(ドイツ;1997 年;細胞生理で捏造、改竄)
 ・黄禹錫事件(韓国;2005 年;ES 細胞研究で捏造、改竄)
 ・ポールマン事件(米国;2005 年;肥満や更年期の研究で捏造、研究費申請虚偽)
 ・ムン・ヒュンイン事件(韓国:2012 年:査読偽装)

 各種の研究不正に関して、分析した事例もあります。
 JST のオンラインジャーナル「情報管理」にある松沢孝明さんの論文2報(「我が国における研究不正 公開情報に基づくマクロ分析(1)」と「同(2)」)、同人誌「IL SAGGIATORE」に掲載の菊池重秋さんの論文(「我が国における重大な研究不正の傾向・特徴を探る」)を挙げておきます。

 書物としては、「背信の科学者たち」が著名でしょう。講談社からペーパーバック版が復刊されています(こちらを参照)。他、上記のボルチモア事件が契機となって設立された米国研究公正局(ORI)のことを論じた、山崎茂明さんの「ORI 研究倫理入門」も参考になるでしょう。

 このエントリーでは、事例と分析記事の紹介にとどめます。次の記事で、研究公正を含む研究倫理の問題の所在に関して、やや包括的に述べたいと思います。
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2014年09月21日

研究倫理(1):STAP 騒動とは何だったのか?

 今年のサイエンスアゴラ・研究問題ワークショップ「本音で語る」では、研究不正問題を取り上げます。
 一歩高みに登って、問題の全体像を見ながら、何が本当の問題なのかについて考え、解探索のための模索の端緒にしたいと思います。

 まずは、今年最大、そして一部では「世界3大研究不正の一つになった」との呼び声すらある、理研 STAP 騒動に関して、簡単に振り返って整理します。なお、この案件に関しては現在進行中の部分を含み、その後の展開も注視する必要がありますが、現在までに分かっている範囲で述べます。今回の内容は、著者が別の箇所で書いた2つの記事(こちらこちら)を下地にしており、適宜加筆修正などしています。

1)事件のおおよその推移
 まずは要点を。Nature に掲載された、いわゆる STAP 細胞の作成と、その細胞が分化して組織を形成する能力があることを示す論文2報に、各種の不正行為疑惑が発覚しました。
 問題の論文はこの2つ。

Stimulus-triggered fate conversion of somatic cells into pluripotency
Obokata H. et. al
Nature vol.505 pp641〜647(こちらから入手可能)

Bidirectional developmental potential in reprogrammed cells with acquired pluripotency
Obokata H., er. al
Nature vol.505 pp676〜680 (こちらから入手可能)

 また、上記2論文に対する疑義の提示に続いて、上記論文の筆頭著者・小保方晴子氏が早大理工学研究科に提出した博士論文や、それと関連した投稿論文のデータにも各種の不正疑惑が発覚しています。左記の博士論文の序論には NIH(米国国立衛生研究所)にて公表されている、幹細胞に関する一般向けのオンライン解説書からの大量剽窃があることが分かっています。加えて、博士論文の根拠となる業績の一つである Tissue Eng. 誌の論文にも捏造疑惑があるとされています。
 更に、今回の業績に関連して、特許の出願に用いた書類にも不正の疑惑があり、また更に加えて、利益相反の問題も俎上に昇っています。

 具体的に何がどう問題なのか?という話は、匿名ブロガー・11 次元氏による一連のブログ記事に詳しく取り上げられています。元々は PubPeer という海外の告発サイトでの議論が日本に飛び火した格好で、2月〜3月にかけては、矢継ぎ早に新たな疑惑や情報が溢れ、その一々が衝撃的なものでした。
 その後の理研や早大などの対応は、11 次元氏らによる各種の告発のほぼ後追いになっており、またその告発に、意識の高い善意の個人が独自調査や発言などで続いています。その中には独自の追加研究で、「STAP 細胞の実体は ES 細胞ではないか?」と述べる理研・遠藤氏のような方もおられます。

2)そもそも STAP とは何なのか?
 そもそも、今回話題になった「STAP」 とは何なのでしょうか。

 公表内容から見てみます。
 「STAP」は、細胞に関するある現象を表す概念として、今回の論文で提唱されたものです。「STAP」とは“Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency”の各語の頭文字4つを取ったもので、訳すと(公式の訳語で云えば)「刺激惹起性多能性獲得」という意味になります。
 要は、細胞外刺激により、分化の進んだ体細胞が多能性を取り戻し、未分化の状態に戻ることを云います。今回の論文では酸性の液体に体細胞を浸すと、それが細胞外刺激となって“多能性の獲得に至る”ということです。
 共同研究者の C.A. バカンティ氏(ハーバード大医学部教授)のグループの研究では、細い管を通して細胞を機械的に刺激することでも、それが細胞外刺激となって“多能性の獲得に至る”ことが分かっているようです。

 しかし、これは本当に斬新な概念なのでしょうか?
 上記でいう“多能性の獲得に至る”とは、要するに「細胞の運命付け」たる「分化」の逆向き、即ち「脱分化」と事実上ほぼ全く同義と言えます。
 植物細胞では脱分化が起こることは以前から良く知られており、インドール酢酸やオーキシンなどの植物ホルモンの働きでカルス形成が起こるなどのことは、植物生理学の教科書に普通に書かれていることです。また、動物細胞でもリゾホスファチジン酸の働きで血管平滑筋の脱分化が起こるという話(こちらを参照)があります。
 そして、先般のノーベル賞受賞で話題になった iPS 細胞(人口多能性幹細胞)も、人工的な遺伝子導入で細胞の脱分化を起こさせることにより作成されており、その意味では、細胞外刺激により脱分化を引き起こすという枠組みは一緒とも言えます。

3)何が問題とされているのか
 かなり多岐にわたりますが、整理します。

 まず第1に、研究そのものの遂行に関して。
 通常、論文が世に出るまでの過程や、学位取得までの過程は、かなり長大で、且つ一つ一つの関門も通常は注意深く進められることが多く、論文1つ、学位授与1件が確立するまでの道のりは長く険しいのが普通です。しかし、今回の Nature 論文2報は、それらの関門を全てくぐり抜けてしまいました。早大理工学研究科の博士論文でも、同様です。
 Nature 論文の執筆に当たっては、いわゆるギフトオーサーシップ(研究内容そのものへの寄与が低い人物を、その寄与が大きくあったかのように著者名義扱いすること)の問題があります。それを疑われた理研 CDB 副センター長の笹井佳樹さんは、残念ながら本年 8/5 に、自ら命を絶ち鬼籍に。

 第2に、大学や大学院教育に関して。
 未確認の証言や、守秘義務の問題があって出典を明かせない情報源も一部にありますが、小保方氏がきちんと大学の学部及び大学院で、研究遂行にあたっての公正さや基本的手順に関する指導をきちんと受けてこなかったという話があります。いみじくも、小保方氏本人が記者会見で「自分は未熟だった」「自己流で研究を進めた」という意味の発言をしていること、小保方氏の弁護団が公表した実験ノートの内容や分量からも推察されるように、研究者としての基礎的な訓練や素養醸成は不十分だった可能性が高いでしょう。
 小保方氏が、いわゆる AO 入試の合格者であったことや、早大理工学研究科から東京女子医大に出向していた外研扱いだったことの影響を論じる向きもありますが、その当否に関しては慎重な検討が必要でしょう。

 第3に、利益相反問題に関して。
 Tissue Eng. 誌論文(こちらを参照)の著者に名を連ねる東京女子医大・岡野教授が、実は自らが取締役を務めるセルシード社で細胞培養技術のビジネス展開をしており、その事実を左記の論文に記していなかったことが問題視されています。

 第4に、理研や早大のガバナンス(組織統治)に関して。
 本年 1/30 にあった、あの理研 CDB での派手な記者会見は、実は理研 CDB の広報担当が通常の手続きを踏んで行ったものではなかったという話があります(独立な複数から、似た論旨の証言を聞いています)。
 その後、理研でも早大理工学研究科でも内部調査が行われ、何れの調査でも各種の不正行為が認定されました。ただ、理研では処分に移ろうかという矢先に STAP 細胞の確認実験を行うという決定がなされ、小保方氏抜きでの再現実験と共に、監視下で小保方氏も実験を行うという状況になりました。早大理工では、事実上匿名の調査委員会による認定結果を踏まえて、重大な不正は認定するが博士の学位は取り消さないという提言がなされています。

4)その社会的影響
 問題の様相が多岐にわたるゆえ、その影響も多岐にわたります。
 他方で、表層的な馬鹿騒ぎが幅をきかせている一面もあり、その点に関する目配せも必要でしょう。

 まず第1に、研究遂行や大学院教育に関して。
 かねてから、科学論文の内容を担保する手続きとしての同僚評価(ピアレビュー)に内在する各種の問題点が、議論の俎上に登ってきました。査読者は、基本的には書かれた内容を、正当な手続きを踏んで書かれたものとみなして通読し、科学的な内容の当否や斬新さ、当該分野における意義などを評価します。ただ、その過程で内容がおかしいことに査読者が気付き、色々追求していると各種の不正疑惑や明確な不正行為が発覚することがあります。今回の Nature 論文2報に関しては、理研の内部調査や各種のリークから明らかになっている通り、Nature 以外の他の科学雑誌に投稿された際の査読の段階で、各種データの捏造や改竄の疑惑が指摘されてきていました。とは言え、捏造や改竄、剽窃、著者名義不正、多重投稿などを査読の段階で見抜くのは一般にはなかなか難しく、論文が世に出てからの再現性追求で自然淘汰されることが支配的だという実態や見解はあります。
 だからといって、各種の不正行為をやって良いわけではなく、それ自体は研究者の人生や研究費、各種の資源の無駄遣いや、研究成果の背後にある知的体系への信頼の崩壊などの危険があるわけです。そのことに対する意識の温度差は、残念ながら分野や研究者個々人の間で大なり小なりあるようです。そのことが、研究の現場や大学院の研究室で行われる教育活動や研究活動に、影を落としている一面はあるでしょう。

 第2に、博士号の対外的な社会的信頼に関して。
 一部で、博士号とは「ある分野に何かしら詳しい人」程度の認識しか持たない方々も居ますが、科学研究の何たるかを鑑みるに、博士号は本来、“自力で問題とその解決法を発見し、適切に定式化して、その定式化と解、解決法をまとめて、新たな学術的知見や学問分野の存在を提示し、世に問うことが出来る”ような人に対する称号として、認識されています。それが世界各国における標準的認識でしょう。そうした専門知と問題解決能力、その解決のための体系だった研究活動の運営と遂行が出来る人として、社会から期待されている一面があります(日本では、年功序列の労働慣行がまだ根強いゆえ、そうした認識はまだ広く普及していないようですが)。
 しかし、各種の研究不正が蔓延り、そうした不正を見逃したり、或いは軽く扱ったりする風潮があれば、少なくとも国際社会からは、日本からの博士号取得者に対する信頼問題に影響するでしょう。個々の研究者が公正な研究活動をしていても、それでも国内外で研究活動を続けていく上で、厳しい状況に追い込まれる場合はあるのです。

 第3に、理研や早大のガバナンス、科学技術や高等教育への影響に関して。
 左記に述べた“厳しい状況”の源泉として、理研や早大理工の当局の意志決定が大なり小なり影響している一面はあります。
 一般に、被疑者や告発者の生命や人権は保護しながらも、不正疑惑の問題に関してはしっかり追求し、信賞必罰をきちんとなすことは、個々の研究者の誠実さの維持や組織やコミュニティの統治及び社会的信頼の維持という点で重要なことです。
 理研にせよ早大理工にせよ、誠実に研究を重ねて、優れた成果を世に送り出している方々は多くいます。そうした方々の声無き声が、当局のガバナンスや意志決定の影響下で抑えつけられている実態は、残念ながらあります。
 信賞必罰の問題もさることながら、当事者の声がなかなか反映されないところは、これまで我々が折り重ねてきた研究問題の取り組みに関して、実は共通の構造です。研究現場の声を生かして、誠実な取り組みにより実り多い研究活動が出来るようになることを、多くの研究者は望んでいるはずです。しかしそのことが、社会や為政者、当局のところに届くことは、これまで余り無いのが実態でした。

 第4に、理科教育の功罪に関して。
 これは一見すると表に見えにくい論点であるゆえ、捉えにくいところがあるかも知れません。しかし、不正事件の構造を研究者コミュニティの内外で共有する上では、看過出来ないところです。

 最先端の科学研究において、その知見には大なり賞なりの不確かさが伴います。しかし、科学の不確かさに関する社会的な理解は、イマイチ進んでいないところがあります。その要因としては、理科教育をはじめとする学校教育の功罪もあるかもしれません。高校入試や大学入試などの通過を目標にした中学や高校の教育では、用意された問題に対して、想定される正解は一つあって一つに限るという場合が殆どです。中学や高校を卒業した方々は、その枠組みの認識を持ったまま社会に出るため、最先端の科学的な知に不確かさが内在することを理解できないのではないか...という話は以前からあります。
 他方で、研究の世界でも、自ら設定した問いに対する答えは、場合分けによる条件分岐を考慮に入れても、何らかの意味で問いに対する答えが一つあって一つに限るという認識は支配的でしょう。しかし、その問いに対する答えが、学術雑誌に書かれた論文の形で世に出て間もないものであるとき、同じ問いに対する答えが論文著者と、論文の読者である他の研究者(や科学コミュニケータ、研究者とは限らない市井の一般読者等)の間で異なる場合はしばしばあり、それゆえに批判的な検証や議論が発生するのが普通です。その際、誰がその答えを発したのかが何らかの事情で未整理だったりする場合には、あたかもその科学の最先端にあるその「問いに対する答えが一つあって一つに限」らないように、一部の方々には見えてしまうことがあります。

 それらが、最先端の研究における間違いと不正行為の違いの判別困難や、最先端の研究成果に対する過度の期待に結びつくことはあるでしょう。そのうち後者が、例えば難病の治療可能性を切り拓くものであったり、教科書にある基本的な知見を大きく書き換える可能性のあるものだったりする場合には、それが正しいと認識されている間には大きな騒ぎになる一方で、不正が発覚した暁(?)には、期待を裏切った反動で苛烈なまでのバッシングに発展したりする場合もあるかも知れません。

 第5に、マスメディアやネット論壇の動向に関して。
 本年 1/30 の理研 CDB での記者会見があって以降、そしてその後数多くの不正疑惑が持ち上がって以降、数多くのブログ記事や報道、週刊誌記事が世に出ました。それらを概観するに、当該の研究者個人の見識や発言、一連の疑惑や理研及び早大理工の運営や教育、内部調査に関する地道な記述や分析は、相当数ありました。しかし、その一方で、あること無いこと織り交ぜてのゴシップ記事や、明確な集団ストーキングと思しきものも相当数あり、その全貌を逐一整理するのは至難です。
 不正疑惑や不正行為の発覚に伴う、期待への裏切りという一面があるとは言え、いわゆる「上げて落とす」一部の亜流マスメディアのやり口に燃料投下した一面もあり、それが混乱を助長させた一面もあると言うべきでしょう。当否はさておき、「やたら騒ぎ立てたマスメディアのせいで、笹井さんは“殺された”」と認識している人が科学研究のコミュニティに少なからず居ることを、我々は避けて通ってはいけないと思います。

5)今後の展望
 各種の告発は既に一通り出揃い、それに対する科学研究のコミュニティにおける自己検証もだいぶ進みました。とはいえ、STAP 細胞の検証実験が進行中だったり、早大理工学研究科による小保方氏の処分が宙ぶらりんだったりなど、進行中の事案も幾つかあります。
 関係者に対する処分は、相応にあるでしょう。小保方氏が科学研究の世界で、このまま無傷で生き残れるとは、ちょっと考えられません。何らかの形で小保方氏には再出発して欲しいと願いますが、今回の一連の事案に対する落とし前は、きちんと付けていただく必要があるでしょう。
 理研 CDB の今後に関しては、理研の改革委員会から組織の解体を含む厳しい提言がなされ、それをうけてセンター長の交代や組織の縮小的改組、改称、広報部の改組などの手続きが踏まれることになりました。
 まだ予断を許さない一面はありますが、今後もしばらくは注意して見守っていかなければいけないでしょう。
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2014年09月20日

今年もサイエンスアゴラに出展

 例年、これ以外では余り動いていない有志一同ですが、今年もその「これ」の時期になりました。
 担い手一同の面々には変遷がありますが、追いかけている根幹の主題は一貫して同じです。
 そして、今年取り上げるテーマに関しては、去年の本番当日の頃から、構想を温め始めて、少しずつ準備を重ねてきました。そして、後述しますが、実は一度取り上げているテーマです。

 今年も、科学コミュニケーションの見本市、サイエンスアゴラがやってきます。
 今年も、そのサイエンスアゴラに、研究問題をテーマにしたワークショップを出展します。

 今回のテーマは、研究不正問題にしました。

 昨今、医薬品開発をめぐるデータ改ざんや利益相反、理研の STAP 騒動や東邦大医学部の大規模捏造事件など、科学研究の世界でのスキャンダルが相次いでいます。実はこうした傾向は世界共通で、世界でも科学コミュニティに衝撃をもたらす事件が立て続けに起こっています。
 実は我々は、8年前の第1回サイエンスアゴラでも研究不正の問題を考える企画を持ちました。折しも、韓国ソウル大学のファン・ウソク事件や、米国ベル研究所のシェーン事件、日本の東大分生研での捏造疑惑や早大理工学部での研究費不正事件など、世間を騒がせた大事件が相次いだ頃でした。その不正事件の諸々と向き合う途上で、研究者業界の抱える悩みも明らかになってきました。
 日本の研究者業界を取り巻く環境は、往時から今に至るまで、厳しい状況にあります。研究費の獲得を巡る激しい業績競争と、研究費の運用の単年度制に伴う各種の不便が、研究費不正や研究不正の直接間接の要因になっているという話は以前からありました。他方で、公正な研究への取り組みも各種のスキャンダル発覚前後から、学術界で盛んに取り組まれ、学術界内外への発信という形で取り組みが積み重ねられてきました。
 研究者が置かれた研究の現場の状況も、久しく厳しい状況にあります。特に若手の置かれた状況は厳しく、生命科学の分野ではことに顕著で、発覚している研究不正の多くは生命科学系です。国策として推進されたポスドク1万人計画の余波として発生したポスドク問題の実状として、現在 16,000 人余りいるポスドクのうち約4割は生命科学系です。大型研究予算のプロジェクト雇用で雇われている任期付きのポスドクや若手研究者の数は多く、しかし研究以外の分野への転身が厳しいという状況は、生命科学系の若手研究者のキャリア形成にとって大きな問題となっています。そうした中で、あの理研 STAP 騒動があり、東大分生研の案件が2件あり(こちらこちら)、また、医薬品開発を巡る研究不正が続きました(ディオバン問題タシグナ問題J-ADNI 問題)。無論、こうした不正は生命科学の分野に多いとは言え、それに限ったことではなく、他の分野でも東北大工学部での二重投稿問題東大工学部の宇宙エレベータ研究での剽窃や経歴詐称東工大の材料科学分野での捏造事件など、列挙すれば相当数にのぼります。
 第1回のサイエンスアゴラで研究不正、研究費不正の問題を取り上げてから8年。その間も、研究不正事件は絶えることがありません。研究費の運用に関しては、科研費の基金化など一定の改善を見ました。大学や学会、研究機関のレベルでの研究公正への取り組みも大分増えて、その内容は公表されています。実際に不正行為を犯す者は相対少数で、不正行為は一部のトンデモな輩のやらかすものであるという意見は研究者業界の中に根強く、不正行為と単なる間違いとを混同する向きも一部にあります。ただ、誠実な研究への取り組みに対する意識の欠如や、過失的なヒューマンエラーが不正に結びつく場合もあり、その意味では不正事件と大小のヘマは地続きとも言えます。

 今回改めて、一連の不正事件とその背景を整理し、再発防止策に関する取り組みへの批判的検討を含めて、この8年間の動向を整理したいと思います。そして、それらを踏まえて、誠実な研究をすることを大切にし、誠実に研究することに対するインセンティブをどう作っていくのかに関して、皆で本音で考えて行きたいと思います。

 その議論のための準備になりそうな話題を、これから3回に分けて挙げていきます。
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